なんとなく臭い

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好きな作曲家の話

今日は珍しく音楽の話です。


先日、さくらももこ氏が亡くなったときに、ふと思い出したんですけど、そういえば私の好きな作曲家のGIORGIO CANCEMI(ジョルジョ・カンチェーミ)が、昔ちびまる子ちゃんのエンディング曲を歌ってたなって。

久し振りに聴きたいと思ってyoutube漁って、一人でノスタルジーに浸ってました。
下の動画、20代半ばの人は覚えてるんじゃないですかね。







GIORGIO CANCEMI氏は、ちびまる子ちゃんのエンディング曲と同じくらいの時期に、別のユニットでベイブレードのオープニング曲も手がけています。私は世代ではないですが、人によっては懐かしくて鼻血出そうになるんじゃないですかね?





尚、この曲でユニット組んでた相手は、m-froのVERBAL氏になります。
小学生相手に この楽曲はなかなか前衛的ですね。曲と映像あってなくないか!?




そんなGIORGIO CANCEMIですが、名前は本名で、イタリア人と日本人のハーフで国籍はイタリアを選択しています。ちなみに、いつもサングラスしてます。昔、新幹線で見かけかたときもサングラスしてました。

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GIORGIO CANCEMIを大多数の人に「あー、その人かー」と分かってもらえるように紹介するなら、西野カナの『会いたくて 会いたくて』を作曲したのがGIORGIO CANCEMIです。
昔、ライブで「サビの歌詞考えたの俺!」って言ってたので、かの有名な「会いたくて会いたくて震える」は彼が考えたっぽいです。(確かに、作詞のクレジットに名前入ってる)


西野カナの『会いたくて 会いたくて』の作曲家はイタリア人」って豆知識をどこかでドヤ顔で披露したいんですけど、使いどころが全くなくて困ってます。




最後に、GIORGIO CANCEMIの手がけた作品の中から一曲紹介して終わりたいと思います。



この曲、曲自体は普通にかっこいいんですけど、プロモーションビデオが明らかに常軌を逸しているんですよね。怖ぇーよ。

でも、ラップの2バース目の入りと、男が部屋から外に出る瞬間の映像が妙にマッチしてて、PVの展開が曲の後半の盛り上がりに無駄に寄与してるんですね。
そして、ラストのサビ部分で一番最初の映像に繋がってくるわけですが、そこからアウトロまでの展開の気持ち悪さに対して、なぜか一瞬感動しかけてる自分がいて、ちょっとした脳ミソのバグが生じるんです。

やたら完成度の高い悪ふざけですけど、一体、どこの広告代理店の仕業ですかね。

 

「ですます調」「である調」面白いブログを書く人がどちらを使っているか傾向を調べてみた。

ブログを書くときに、「ですます調」がいいのか、「である調」がいいのか、ちょっと悩んだので、私が読者登録している超有名な おもしろブログを5記事ほど遡ってみて傾向を調べてみました。
とりあえず、自分のためのメモ帳です。

超メジャーなブログばかりで、言及するのがおこがましいためにリンクは貼りませんけど、気になったブログがあったら検索してみてください。全部、おもしろすぎて子宮の底から笑えるブログばかりです。


『kansou』

ですます調
ですます調
ですます調
ですます調
である調

話しかけるように書くスタイルなので基本は「ですます調」だけど、体言止めも多い。
そのため、テンポがめっちゃいい。言葉のチョイスにはいつも惚れ惚れする。




『真顔日記』

ですます調
である調
である調
である調
である調

小説仕立てにすることが多くほぼ「である調」
さすがに芸人の書く文章は違いますよね。




『もはや日記とかそういう次元ではない』

である調
である調
である調
である調
である調


これを書いているときに奇跡的に新しい記事がアップされる。説明不要。




『ムテキインク』

混合
である調
である調
混合
である調


このブログ超好き。
基本「である調」なんですけど、わりと変幻自在な印象。あと、顔出ししておきながら、文章も書けるという点も脅威。山王工業の河田(兄)並みのオールラウンダー。




『人間がへた』

である調
である調
である調
である調
である調


毎回「である調」。
書いてるテーマ自体はいつも大したことではないのに、それを圧倒的な発想力と文章力で読ませてしまう鬼才。はてなブックマークのコメント一覧を公開していないあたりにも大物感が漂う。




『箱庭文学』

ですます調
ですます調
である調
全部セリフ
である調


ソフトな語り口で、著者の魅力で話を推進していくタイプ。
よって、「ですます調」が多め。
姪っ子が出てきたら、いつも腹がよじれる。

犬を飼ったことある人とない人の違い

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昔、犬を飼ってたときに、散歩中にすれ違う人の仕草で、その人が犬を飼ったことあるかどうかが何となくわかったんですね。
犬を飼ったことある人って、すれ違うときに避けないんですよね。避けないっていうか気にせず歩いてるっていう感じですかね。逆に飼ったことない人って、距離が相当あっても、若干避けるんですよね。無意識的に犬と少し距離をとるんです。
犬は自分で避けるんで、人間が避ける必要はないんですけど、そういうのってやっぱり犬と一緒にいる時間がそれなりにあった人じゃないと分からないと思うです。

 

 

 

んで、ここからが本題なんですけど、たぶん、それってキャバクラ嬢も一緒な気がするんです

 

話題がいきなり急旋回したんで、何人か振り落とされた可能性がありますけど、男性の場合、キャバクラで働いている女性が身近にいたかどうかで、キャバクラ嬢に対する距離感が違うんじゃないかなって思うんです。 

 

もしも身近にいた場合、キャバクラで働いてる子も普通の女性だと無意識的に肌感覚で理解できるから、自然と普通に接することができると思うんです。よって、モテると。
逆に身近にいない場合、自分のイメージする「キャバ嬢」のレッテルに当てはめてしまい、人と人との会話にならないんじゃないか…、そんなふうに思うんです。

 

 

いや、統計とったわけでもないし、イメージで書いてるんで超テキトーですけどね。何なら、犬のくだりからテキトーです。すれ違う人が犬飼ってるかどうかなんて分からないですし。

 

 

かなりテキトーな理論ですけど、自分は大学に入学したばかりの頃に知り合った同級生の子がNo,1デリヘル嬢で、その子と仲良くしてたら自然と夜の世界で働く女性への偏見が一切なくなった気がするのは本当の話なんですよね。

 

ちなみに、その子と初めて会った日のことは、今でも鮮明に覚えてるんですけど、なぜか初対面なのに経験人数の話になって、そのときに「300人はいかないくらいかな」って言われたときの衝撃ね。もうね、武蔵野Sクロフネ以上の衝撃ですよ。

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※初のダートで異次元の走りを披露したクロフネ('01 武蔵野S)

 

 

あーでも、よくよく考えたら、その彼女のフェイスがデリヘルNo,1レベルってのが自分の中の風俗の基準になったせいで、結果的にその後の人生で風俗童貞の道を突き進むことになってしまったので、別に身近にいたからっていいって話では全然ないですね。

 

 

ごめんなさい。今日の話、全部無しで。

「はてなダイアリー」終了で考えた とりとめのない話

20年くらい前、最初にネットを始めたとき、私は某競馬雑誌の投稿コーナーのコミュニティに属しており、当時高校生だった私は、その投稿コーナーの公式ホームページの掲示板をほぼ毎日のようにチェックしていました。
そこの掲示板では、今月号の誰のネタが面白かったとか言い合ったり、常連投稿者さんがネット開通して「あの人が遂に掲示板に来た!」みたいなので盛り上がっていました。


当時、その掲示板で知り合ったTさんという人がいて、Tさんはそこでは珍しく投稿者ではなく純粋な投稿コーナーのファンという人だったんですね。(しばらくして、実際に投稿し始めるんですけど)
Tさんとはオフ会とかでも何回も会って、Tさんの誕生日に自分が音頭とって他の仲良い投稿者からガラクタをかき集めてTさんに送りつけたこともあるくらい、仲良くさせてもらっていたんです。
Tさん、確か10歳くらい年上だったかな?界隈の中では、兄貴的な存在でした。


当時、アイドルがみんなCD出すみたいなノリで、一般の人がみんなホームページ作ってて、我々投稿者もみんなホームページを作ってたんです。その後、黒歴史になるとも知らずに、みんな「僕の考えた面白いホームページ」を全世界に向けて披露していたんですね。
ただ、そこから数年して、みんなホームページの更新に疲れ果ててくるわけです。そして、そういう人が最終的に行きつくのが、はてなダイアリーとかさるさる日記で、そこで文章だけ書く運営スタイルになっていく人が大勢いました。


ホームページ難民が辿り着く先、それがはてなダイアリーという印象でした。


Tさんもホームページ難民の一人で、はてなダイアリーで日記を書いていました。
その日記、今でも残ってるんですけど・・・、







Tさん、数年前にガンで亡くなってるんですよね・・・。




いやいや、別に怖い話にするつもりは全然ないんですけど、やっぱりインターネットが広まって20年以上経つんで、そういうことも普通にありますよね。
はてなダイアリーがなくなるってニュースを聞いたときに、私が最初に思ったのは「Tさんの日記がなくなる!」ってことでした。
そして、そういう亡くなった方のブログが削除されるのって、良いことなのか、悪いことなのか、どっちなんだろうって思わず考えちゃったんですよ。


個人的には、Tさんの日記は無くなって良かったんじゃないかって勝手に思ったんです。
たぶん、ネットに残してる文章なんて、自分が死んだ後も後世に残したいなんて人はいないでしょうし、そういう意味ではインターネットのサービスって定期的に廃止して新サービスに移行してもらった方がいいんじゃないかって思ったんです。
そりゃあ、廃止直前までそのサービスを使ってる人からしたら、余計な手間がかかって苦労するんでしょうけど、大局的に見たら、定期的なお掃除って必要だと感じるんです。


でも、レンタル日記やブログも故人の思い出の品と捉えている人もいるかもしれないんで、一概に良いことだって言い切ることもできないし、どっちなのかなぁ・・・なんて、別に答えなんかないようなことを考えていました。





ただ、確実に言えることは、最近インターネットは永遠ではないってことが分かってきましたよね。
なぜか、ネットの世界に記録されたものは、ずっと残っていると思い込んでいましたけど、実はそうじゃなかったですよね。当時、みんなが作った黒歴史ホームページなんか、今ではほとんどのサイトが残ってませんし。


逆に、自分がネットの世界に舞い戻ってきたのは、そこが見えてきたからっていうのも確実にありますね。
その昔、自分は電子の海に汚物をまき散らしていたわけですけど、それが跡形もなく綺麗にされているのを見たときに、誰かが掃除してくれるんだったら、また汚物投げてもいいかなって思い出したんですね。(この例え方だと、えらく最低な人間に見えるな・・・)


とりあえず自分が過去に放置したものがなくなっていて凄くホッとしたのは本当なんです。だからきっと、Tさんも同じこと思ってるはず。
・・・あっでも、Tさんヘンないじり方するとすぐ怒るし、ネットでも思ったことをズバッという人だったから、「全然違ぇーよ」って天国のレンタル日記でダメ出ししてるかも。


とりあえず、今日はそんなとりとめのない話でした。
あー、パスワード忘れて削除できないツイッターアカウントも早く掃除してくれないかなぁ・・・。

 

恋文

あれ?

 

俺って信用されてない?

 

もしかして、生身の人間じゃない可能性を疑われてる?

 

 

 

みたいに思ってしまう恋文。

 

 

 

 

 

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メインブログ更新報告

昨日、途中までこっちのブログで書いていたものをやっぱりメインに投稿しました。

テキトーに思いついたことを書くサブブログを設けておいて、ちゃんとした内容にできそうだったらメインに昇格させる流れは自分には向いているかもしれません。

 

ん?「ちゃんとした内容」かこれ?

 

ちなみに、「1月に書きなよ」って指摘がありましたが、来年の1月なんて絶対ブログやってないよね。

いつやめるかわからないので、思いついた時が書き時なのです。

 

ビジネスでも、ギャンブルでも、ブログでも、やめるタイミングが重要だと思うんですよね。だらだらやらない、これ鉄則。

 

 

まぁ、メインブログの8月のだらけ具合は酷かったですけど…。